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大阪高等裁判所 平成2年(ラ)383号 決定

抗告人 太田法子

相手方 里見悟

主文

原審判を取消す。

本件を大阪家庭裁判所に差戻す。

理由

1  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

2  記録(関連記録を含む。以下同じ。)によれば、次の事実が認められる。

(一)  抗告人(昭和25年2月16日生)と相手方(昭和23年2月8日生)は昭和57年9月13日に婚姻し、昭和58年10月8日長男健一(事件本人)を儲けた。しかし、やがて夫婦間に不和が生じ、平成元年10月12日抗告人が事件本人を連れて実家に帰って別居していたところ、平成2年3月15日相手方から事件本人の親権者を相手方と定める旨記載された協議離婚届が提出されて、抗告人と相手方は離婚した。

(二)  しかしながら、抗告人は同月19日相手方との間で離婚をすることについては合意していたが、親権者を相手方とすることについては合意されていないとして本件親権者指定を申立てた。

(三)  原裁判所は、平成元年10月23日抗告人が協議離婚届を相手方に交付した際親権者を相手方とする旨の合意がなされており、また、親権者を相手方から抗告人に変更することが事件本人の福祉を増進すると考えるべき事情はないとして、本件親権者指定申立を却下した。

3  まず、抗告人と相手方が協議離婚の届出をすることを合意した際に親権者を相手方とする旨の合意がなされていたか否かについて検討する。

(一)  抗告人と相手方の婚姻生活の経過、協議離婚届出に至る経緯についての事実認定及び判断は、次のとおり付加・訂正する外は、原審判2枚目表13行目冒頭から同4枚目裏8行目の「認められること等」までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原審判2枚目裏9行目の「申立人は」から同13行目の「した。」までを削除し、同3枚目表10行目の「27日」の次に「相手方が飲酒のうえ暴力を振るうので離婚したい旨主張して」を加える。

(2)  同3枚目裏3行目の「申立人は、」の次に「相手方の飲酒癖の悪さに耐えかねて」を加え、同6行目から7行目にかけての「していたが、数日後」までを「していた。しかしながら、同年11月8日ころ、抗告人は」と改め、同10行目の「渡した。」の次に「しかしながら、未成年の子の親権者の欄は空白のままであった。」を、同11行目の「思っていなかった、」を「思っていなかったが、離婚の意思が強いことを示すために署名した。また」を加え、同12行目から13行目にかけての「主張するけれども、他方」を「主張する。他方、」と改め、同4枚目表6行目の「この点について」を行を改めて次のとおり改める。

「そこで、右各申述の信用性について検討するに、抗告人が事件本人に対し一貫して強い愛着を感じていることは本件記録上明らかであるところ、抗告人は同児を連れて相手方と別居し、現に1か月間実家で同児と暮らしていたのであるから、いかに相手方と離婚するためとはいえ、同児の親権者を相手方とすることを承諾するとは考えがたいといわねばならない(仮に相手方が離婚自体に強く反対している場合には離婚について同意を得るために不本意ながら親権者の指定については譲歩することがあり得るとしても、本件においては相手方も離婚に同意しており、しかも、そもそも抗告人は事件本人の親権者となったうえで離婚する意向で同児を連れて別居したのであるから、このような事態は考えがたい。)。また、仮に相手方の主張するとおり協議離婚届出書を交付した際に相手方が事件本人の親権者となることが合意されていたのであれば、その時に親権者の欄に記載がなされたはずであるのに、空欄のままであったのは不自然といわねばならない。さらに、本件記録によれば、抗告人は本件離婚届出がなされた平成2年3月15日の前である同月13日○○○区長に対し『親権者の欄を白紙にした協議離婚届出書を夫に渡してしまった。私は自分が親権者となることを強く希望しており、相手方を親権者とする離婚届出書が提出された場合は、私の真意に基づく届出書ではないので受理しないで欲しい。』旨の上申書を提出したこと(但し、そのような限定付の不受理はできない旨回答された。)が認められ、これによっても当時から抗告人の親権者となることについての希望が強かったことは明らかであり、相手方が親権者となることを了解するとは到底考えがたい。そこで、これらを総合すれば、相手方よりも抗告人の申述の方が信用できるというべきである。なお、弁護士事務所における相談についても、」

(3)  同4枚目表10行目の「申述している。」から同11行目の「19日」までを「申述しており(但し、当審における証拠によれば、相手方と抗告人が同弁護士事務所に赴いたのは平成元年11月10日以降であることが認められる。)、相手方の上記申述を裏付けるものではないのである。なお、本件記録によれば、それ」と、同裏同8行目の「と認められる事等」を「ことが認められるが、抗告人は、相手方がしつこく付け回すために会ったものであり、相手方が事件本人を引き取ることを認める趣旨で車から降りたものではなく、また、○○○幼稚園への通園は一方的に言われたものであって相手方に同児を託す意思はなかった旨陳述しているところ、本件記録に照らせば右陳述をにわかに排斥できず、抗告人が協議離婚にあたり親権者指定が必要的であることを認識していたことをもってしても上記認定を左右するものではない。」と、それぞれ改める。

(二)  以上認定の事実によれば、本件協議離婚届を交付する際、抗告人と相手方との間で離婚についての合意は成立したものの、事件本人の親権者を相手方とする旨の合意はなされていなかったものと認めるのが相当である。

そうすると、民法第819条第5項の規定により家庭裁判所は、具体的な事情を考慮していずれの親を親権者とする方が未成年者の福祉に副うと認められるか否か検討して親権者の指定をしなければならない。

4  そこで、本件において事件本人が抗告人と相手方のいずれが親権者となって監護養育される場合が事件本人の福祉に副うかについて検討するに、原審判は、大要、〈1〉抗告人は実家の父母と同居してパートで働いており、父母は抗告人が親権者となって養育する場合はこれに協力する意向であること、〈2〉相手方は母カヨ子と君子と暮らしており、カヨ子は家事一切を引き受けており、相手方が親権者となって養育する場合はこれに協力する意向であること、〈3〉相手方は別居後も事件本人のことを気にかけており、平成2年4月28日から3日間自宅に連れ帰ったが、約束通り3日後に抗告人方に送り届けたこと、〈4〉事件本人は相手方を嫌っておらず、カヨ子や君子に対して親和感を抱いていることが窺われること等を理由に親権者を抗告人に変更することは相当ではないとして本件申立を却下した。

しかしながら、原審及び当審における記録を更に検討すれば、抗告人と相手方のいずれの下で養育した方が事件本人の福祉に副うかについて更に審理を尽くす必要があると考えられる。

すなわち、

(一)  原審における記録によれば、相手方は自宅で母カヨ子、君子と木造2階建住居(1階は5、6部屋、2階は3部屋)の自宅で同居しており、事件本人を養育するには充分な広さがあること、カヨ子は大正14年9月5日生まれ(現在満65歳)であって、会社の代表者であるが、会社の経営は子供達に任せて事件本人の世話をすることが可能である旨表明しているが認められる。

ところで、事件本人は現在小学1年生(7歳)の男児で、未だに養育者の暖かい庇護や援助が必要とされる時期であるところ、相手方は会社の経営に当たっており、いかに時間的に融通がきくといっても事件本人を細かな心遣いをもって世話をすることができると見るのは疑問であって、女性であるカヨ子が同居して全面的に協力しない限り、相手方において事件本人の日常の世話をみることは困難といわざるをえない。

原審判は、上記のとおりカヨ子の協力が得られるものと判断して上記結論に至ったものと考えられるが、抗告人は当審に提出した陳述書において「カヨ子と君子は自宅を出て、現在相手方が一人で暮らしており、相手方には交際中の女性がいる。」旨申述しているところ、当審において提出された録音テープ中には、相手方が抗告人に架電した際、上記趣旨を抗告人に述べていることが認められる。そうすると、抗告人の上記申述のとおりであるとすれば、原審判が判断の前提とした相手方の保護環境が大きく変化したこととなる。

(二)  また、抗告人は、親権者を相手方とすることに反対する理由として相手方の飲酒癖の悪いことを強く主張しているところ、飲酒癖は事柄の性質上平素交際している第三者にはわかりにくいのであるが、原審判は、家庭裁判所調査官の調査や相手方と接触した第三者の申述に照らして、相手方が抗告人の主張のように飲酒癖が悪いことを認めることはできないと判断したことが窺われる。

しかしながら、当審における証拠によれば、相手方は昭和60年に58日間、平成2年に47日間○○○病院に入院したが、その際の病名は過度の飲酒に伴って罹患することが多い慢性肝炎や糖尿病であったこと、相手方は平成2年8月以降多数回に亘り深夜酒に酔って抗告人方に電話を掛けて長時間話し込んでいること(会話の内容や表現に照らして飲酒しているものと推認される。)、しかも、相手方はその中で抗告人の対応に憤激して抗告人に対して語気鋭く述べている部分があることが認められる。そうすると、抗告人の主張どおりであるかはともかく、相手方の飲酒癖に問題があるといわねばならない。

ところで、未成年者の養育監護者として適当か否かを判断するにあたって、監護者の上記性癖の有無、程度等が影響するものと解されるから、この点について十分検討する必要があるといわねばならない。

(三)  次に、原審における記録によれば、調停期日(平成2年7月30日)において相手方から夏休みを利用して事件本人を一時預からせて欲しい旨の申出があったため、抗告人は同年8月11日から12日にかけて事件本人が相手方自宅で一泊することを了承し、同日午後8時には抗告人方に送り届けることが合意されたこと、ところが、事件本人は予定どおりに帰宅せずに帰宅が大幅に遅れたことが認められるが、帰宅が遅くなった具体的な理由、状況、特に事件本人の態度、意向については明らかではない。

ところが、当審における証拠によれば、帰宅予定の同月12日午後遅くになっても相手方が事件本人を送らなかったため、事件本人は午後10時30分ころ相手方自宅前からタクシーに乗って抗告人方に帰ろうとしたが、不審に思ったタクシー運転手に通報されて同日午後10時40分ころ警察官に保護されたこと、抗告人は同日午後11時10分ころ連絡を受けて、翌日午前零時5分事件本人の引渡を受けて自宅に連れ帰ったことが認められる。

ところで、事件本人の帰宅が遅れた理由について、抗告人は相手方が飲酒のうえ暴言を述べて敢えて送ろうとしなかった旨主張し、相手方は寝過ごしたに過ぎない旨主張するなど、その間の経緯に関する主張は悉く対立している。しかしながら、小学1年生の事件本人が深夜一人でタクシーに乗って相手方自宅から抗告人方に帰ろうとしたことは明らかであるところ、事件本人がいかなる原因で、またいかなる考えからそのような行動に出たかは、相手方の飲酒癖の程度のみならず、事件本人の抗告人や相手方に対する親近感の程度を明らかにする上で重要な事実と考えられる。しかるに、本件記録上その点が未だ充分に解明されているとはいえない。

(四)  なお、本件記録中の関係者の申述中には、抗告人の生活態度、性格及び事件本人に対する躾を疑問視する旨の申述があり、調査の際の事件本人の態度等に照らせば、上記申述には理由がないわけではないと思われる。しかし、抗告人が相手方との離婚問題を抱えて精神的に不安定な時期であったこと及び抗告人が現実に事件本人を養育監護している等を考慮すれば、この点を特別に重視すべきものとは思われない。また、上記のとおり原審当時抗告人はパート勤務であって、必ずしも経済的に安定していなかったが、当審における証拠によれば、抗告人は平成2年9月から近所に所在する会社に事務員として就職したこと、勤務時間は午前9時から午後5時15分までであり、事件本人の下校後は抗告人の母親がしばらく面倒を見てくれることもあって、事件本人の養育監護に支障がないことが認められ、抗告人の経済的な環境は原審当時より整備されたということができる。

(五)  さらに、事件本人は抗告人の別居期間(昭和62年6月から3月間、平成元年10月から現在まで)を通じて抗告人に伴われて抗告人と起居をともにしており、事件本人が相手方と同居したのは原審判が説示する平成2年3月4日から同月14日までの10日間だけであることに照らせば、事件本人が抗告人に親近感を抱いているものと推認され、抗告人の下で継続した養育をすることが事件本人の心理的な安定に資するものと解される。

なお、抗告人が同月14日事件本人を○○○幼稚園から強硬に連れ出したことは、事件本人の精神的安定を害したものと推認されるうえ、抗告人の意図はともかく一応同幼稚園で卒園させることを了解する旨述べていたのであるから、不当との誹りを免れない。しかしながら、事件本人は同月4日に上記認定の経緯から相手方自宅で暮らして同幼稚園に通園するに至ったものであって、もともと事件本人と長期間同居していたのは抗告人であり、抗告人としてはやむなく事件本人を相手方に預けたに過ぎないことに照らせば、抗告人の心情には酌むべきところがないではなく、強硬手段を取ったことに対する非難を重視して事件本人の親権者を決定するのは相当ではないというべきである。

以上、当審に提出された証拠によって認められる相手方の性癖、保護環境の変化及び抗告人の保護環境の変化に加えて、一般に低学年の児童については母親による庇護や援助、養育が必要とされていることを総合して検討すれば、母親である抗告人の保護環境の方が事件本人の福祉に副うものとして、抗告人を親権者と指定するのが相当と解する余地が十分あるといわねばならない。

そうすると、本件については、上記当審に提出された証拠等を踏まえて相手方及び抗告人の保護環境について更に審理を尽くす必要があるから、本件を大阪家庭裁判所に差戻すのが相当である。

5  よって、本件親権者指定申立を却下した原審判を取消し、本件について更に審理を尽くさせるため家事審判規則第19条第1項を適用して本件を大阪家庭裁判所に差戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 篠原幾馬 裁判官 長門栄吉 永松健幹)

(別紙)

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を大阪家庭裁判所に差戻すとの裁判を求める。

抗告の理由

第1事件本人の親権者の指定が有効であるとする原審判が事実誤認であること。

1 原審判は、抗告人が相手方に対し、平成元年10月頃(但し、抗告人の記憶では同年11月8日)相手方の求めに応じて親権者欄空欄の離婚届出用紙を交付した事実をもって、抗告人が相手方を事件本人の親権者として承認していたと認定する。

しかし、まず上記交付の趣旨についての抗告人の申述として「これは相手方の脅しであり、すぐに離婚届けをするとは思っていなかった、親権者のことは後日話し合うもの、と思っていた」との事実摘示自体、抗告人の家事調査官に対する説明が全く取り上げられていない。

相手方が抗告人に離婚届の交付を求めた趣旨は、抗告人は相手方の酒癖の悪さに耐えかねて約一ヶ月前の平成元年10月12日離婚を決意して相手方宅を出たものであるが、相手方は、「相手方が抗告人の酒癖の悪さに絶えかね出ていったこと(すなわち二回も妻に逃げられたこと)が相手方の会社の者に知れると世間体が悪い」と思い、相手方は抗告人が家を出ていくことは認めないと告げる一方、抗告人の離婚の意思がかたいと知るや抗告人に離婚届に暑名させこれを相手方の親や会社の者に示して相手方の方が抗告人に離婚を求め離婚届けを書かせたと(つまり相手方が抗告人を追い出したとの世間体を)取り繕うためである。

相手方は、抗告人に対し、離婚届に署名を求める理由を上のように説明し、実際後日会社の者に離婚届けを見せてそのような説明をしている。

2 抗告人は、相手方に離婚の意思はないものと考えていたが、相手方の酒癖の悪さが別居することにより改善される見込のないことは過去の経過から明らかであり、そうであってみればもはや平穏な家庭生活を営むことは不可能であり、抗告人が離婚届に署名することにより離婚の意思が強いことを示して、相手方が真剣に離婚をすることを考えてもらえる手掛かりとなればという気持ちから、相手方の求めに応じて離婚届に署名して交付したものである。その際、抗告人は、相手方も事件本人の親権者を希望していることを聞かされていたが、これは子供を取ればしかたなく、抗告人も戻ってくるだろうとの気持から出たものであると察せられたので、この時点で、親権者について協議すると相手方が激昂するおそれがあり後日平静な気持ちになった時話し合えばよいとの判断から相手方が離婚に合意する場合には親権の帰属について協議する趣旨で、「ほかのところを記入したら許さへんよ。私の自筆でない限り認めないからね。」と、相手方において無断で事件本人の親権者を相手方とした離婚届けを提出してはならないことをくれぐれも申し伝えた。

原審判の認定のようにこの時点で事件本人の親権者を相手方とする合意が真に成立していたのであれば、事件本人の親権者を希望する相手方としても後日の紛争を避ける意味から、抗告人の面前で親権者の記入を行っていたはずであり、親権者欄を空欄にしたのは取りも直さず親権の帰属について当事者間で合意がなされなかったからにほかならない。

3 抗告人は、平成元年10月12日に事件本人を連れて実家に帰っており、離婚届を交付した平成元年11月8日にはすでに約1ヶ月事件本人と一緒に生活していたものであり、離婚を決意した母親が子供を夫のもとに残して別居している場合であればともかく、幼児を連れて別居している本件においては、むしろ自らが親権者となる意思を有していたと考えるべきであるし、さらに抗告人は今日に至るまでの約1年間、後述の相手方の詐言による一時的なものを除き、一貫して事件本人を養育してきているものである。この点を全く考慮せずに上記離婚届交付の趣旨を認定した原審判は明らかに事実を誤認している。

4 原審判は、平成元年10月19日、相手方と抗告人が弁護士に相談した点について触れ、「その際弁護士が『離婚届に署名押印して、他は白紙であっても、押印まですれば、親権を放棄することになるがそれでもよいのか、と申立人に言った、申立人は黙って頷いていた』」という相手方の申述のみ採用して判断している。相手方の申述は全くの虚偽で、同弁護士は調査官の照会に対し、「10月19日相手方と申立人が来たが、随分以前のことであり、事件の依頼を受けていないので何の話をしたか忘れた。離婚届まで書いていると電話で聞いていたが、仲良さそうにやって来たので意外であった。別れる話をしてたことは記憶にない、仲直りしたものと思った」と全く反対の申述をし、離婚の話も、親権の話も全く出なかったことを明確に認めている。抗告人は、同弁護士と会ったときに相手方は、母と弟が長男である自分をないがしろにしており、家族でやっている会社内の人間関係がうまくいっていないこと、そのことが自分の酒乱の原因であると、縷々述べたりしたが、同弁護士は、相手方が断酒会にはいるなどして、酒を断つ努力をしないといけない旨言ったのみで、離婚の話は出なかったとの面談内容を調査官に告げたが、原審判は抗告人の申述を全く考慮していない。

5 原審判は、平成2年3月4日抗告人が「相手方から『夫婦としてやり直す気が無いならここで降りてくれ、子供は自分が引き取る、やり直す気があるなら○○の家に帰ろう』と言われたが、申立人は相手方と婚姻を継続する気がないので車を降りて実家に帰り、」と相手方の申述のみで一方的に認定している。しかし、抗告人が相手方に夫婦としてやり直す気がない旨を伝えたことは事実であるが、相手方が抗告人に事件本人を引き取る旨伝え、抗告人がそれを承諾して車を降りたとの事実の認定は全く事態の真相をとらえていない。相手方が抗告人を詐言により連れ出し、子供から引きはなし、事件本人を奪取したのが事の真相である。

原審判は「同日の夜相手方と電話で話し合い、事件本人を相手方の許から、○○○幼稚園の3月17日の卒園式まで通わせる旨を決めていること」を前記親権者指定の合意の根拠として認定している。しかしながらこの間の事情は、相手方の友人の仲介から、話し合いの機会をもち、子供も相手方に合わせてほしいとの依頼があったので、事を円満におさめたいと希望した抗告人は事件本人を連れて平成2年3月4日相手方宅におもむいたが、相手方が抗告人に対し、「話し合いをしたいが家の中ではできないので外に出よう。事件本人はテレビゲームに夢中であるから」と云って抗告人と事件本人とを引き離して、○○○で話し合いをしたが抗告人の離婚の決意が固いことを知るや、強引に車からおりるようせまったものである。事件本人を相手方に一時的に預けたかの如き状態になったのは、抗告人は、相手方から「車を降りてくれ」と言われればもはや相手方自宅に戻って事件本人を連れ戻すことも出来ず、そのようなことをすれば子供の前で暴力沙汰になることを怖れ、泣きながら家に帰ったものである。このように抗告人は事件本人を欺言により連れ出され、奪取されたものである。抗告人は事件本人をすぐにでも連れ戻したいと思う一方、最後まで幼稚園には通わせてやりたいとの思いから10日間ほど逡巡していたが、卒園式が終ったら事件本人を連れ戻すことは不可能と考え、10日後の平成2年3月14日卒園式の直前事件本人を連れ戻した。したがって、事件本人を相手方に一時的に預けたかの如き上記事実は、抗告人の意思によるものでなく、相手方の詐言と強引な奪取によるものであるから、これを前記認定の根拠とすることは不当である。

6 抗告人は、相手方が離婚届を提出する以前の平成2年3月13日○○○区役所に対して、夫を親権者とする離婚届を受理しないよう上申し(甲第1号証。但し、同区役所は、このような限定を付した不受理届は受理できないとした。)、更に同月14日事件本人を引き取り、自己が親権者となる旨を改めて表明している。

原審判は、本来その余の判断をすることなく、この点において取り消されるべきものである。

第2事件本人の監護、教育を行う親権者には抗告人がふさわしいこと

1 原審判は、親権者の指定は有効になされているとの前提で、その変更の可否について、「事件本人の親権者を相手方から申立人に変更することが事件本人の福祉を一層増進すると考えるべき特段の事情は認められない。」とし、親権者を相手方から抗告人に変更する為には、「特段の事情」を必要とする。

しかしながら、原審判のように親権者の指定が有効との前提にたっても、本件においては「特段の事情」を必要とする判断枠組は相当でない。なぜならば、本件では、相手方が離婚届を提出した直後(抗告人は、平成2年3月17日に同月15日に離婚届が提出されていることを知り、翌週の19日に原審判の申立てを行っている。)に、親権者指定の申立をしたものであり、法律的に親権者の指定に該当することは前記第1で述べたとおりであるが、実質的にも既に親権者が指定されてその後の事情によりこれを変更するというものではなく、夫婦の離婚に際して親権者を定めるのと同視できるものである。

したがって、原審判の判断枠組は形式論に過ぎる。

また本来、本件の如く親権に服する者が幼少の者であり、しかも同人が母に養育されている場合、幼少の者が必要としその福祉に寄与するのは、大半が日常の細々として世話、心遺いなどを通してであり、これは母親が最も良くなし得、未成熟の子に対する母性的養育の必要性の観点から、その親権者としては母が相応しいものであることはいうまでもないことであり、むしろ父親を親権者とする場合にこそ「特段の事情」を要するというべきである。

原審判はこの点を全く失念している。

2 原審判は、相手方本人の親権者としての適正についての判断についても、充分な調査・検討を行っていない。

すなわち、原審判は、相手方は同人とその弟が実質的に経営する○○工業株式会社の専務取締役であると認定するが、これは誤りであり、同社の経営者は相手方の母と弟であり、相手方自身が抗告人に言うところでは、相手方は同社の内部で身内ながら経営者である母や弟から仕事面で軽んじられているようであり、そのことで相手方は常々不満を洩らしており、飲酒をしては抗告人らに当たっていたものである。

相手方は、毎日のように帰宅すると夕方6時頃から飲み始め、大体午前2時頃まで、遅いときには午前5時頃まで酔い潰れるまで飲み、会社内部での自分の取り扱われ方に対する不満特に母親に対する不満をぶちまけ、これを抗告人が黙って聞いていないと機嫌が悪くなり、抗告人がそれをいさめたり、あるいは席を立ったりすると、テーブルを引っ繰り返えそうとしたり、物を投げたり壊したりして暴れた。相手方が投げつけた物は抗告人や事件本人に当たったことも何度もあった。相手方は、飲酒時以外は別段粗暴な行動を取るなどの変わったところはなく、寧ろ人当たりがよいと言える。ところが、一旦酒を飲んで酩酊すると、物に当たって暴れたり、常識から外れた行動をとる。抗告人の記憶しているところでは、

(1) 平成元年8月13日、相手方の投げつけた食卓の上のフリカケの入った容器が抗告人の顔に当たり、抗告人が打撲傷を負うということがあった。

(2) 原審判も適示している布団や背広を浴槽に投げ入れたり(原審判は平成元年10月9日の出来事と認定しているが、抗告人の記憶によると昭和63年4月23日のことである。)、

(3) 相手方自身が投げて割れたコップの破片を抗告人や事件本人がこわがるのを承知でわざと素足で踏み(平成元年7月22日)、目に醤油を入れて「痛ないわ。」と言ってみたり、

(4) 冬期に風呂の水が冷めていてもわざとそのまま入り隣近所に聞こえる大声で「水風呂に入らせるのか。俺が働いているんやぞ。」と怒鳴ったり、

(5) 台所の流し台や2階のベランダから放尿したり、

(6) マンションの前に他人の車が駐車され相手方の車が駐車できないと言ってその車に天麩羅油を1罐かけたり、

(7) 自転車が邪魔だと言って自転車を車で倒しながら運転したり、それらのことを抗告人が注意すると「以前に交通違反で警察に捕まり、警官を川に放り込み身柄拘束されたが、担当警察官を左遷してやった。警察なんか怖くないぞ。」と言ったりした。

(8) 相手方は抗告人に対し、馬乗りになって文化包丁を突きつけたこともあった。抗告人は相手方の暴力に耐え兼ねて近くの交番に駆け込んだこともあり、相手方母親も相手方が実家で暴れ、電話やクーラーのコードを引きちぎり、ガラス戸を全部倒すなどしたため警察を呼んでパトカーが自宅に来たことさえある。

(9) 相手方は過飲が原因で肝臓を悪くし、昭和60年ころ約3ヶ月間入院し、さらに平成2年1月9日から2月24日まで肝臓肥大で入院している。

(10) 抗告人は、酒を飲んで暴れ凶暴になる夫に耐えていたが、平成元年10月12日に別居する数ヵ月前から食欲がなくなり医師の診察を受けた結果、神経性胃潰瘍と診断され、この頃又ストレスのため円形脱宅症になったりした。

(11) 平成元年8月13日、相手方の父の忌明けの時には親の家で灰皿を投げつけたり、仏壇を潰したり、母親が会社で自分を無視しているといって怒り暴れた。

抗告人は、抗告人代理人を通じ、平成2年3月16日相手方に対し、抗告人「本人に架電、面会等により直接交渉されることのなきよう、本書を以て申し入れを致します。 なお、万一貴殿において、暴力行為等に及んだ場合は、断固たる法的措置をとりますので、念の為申し添えます。」との通知を内容証明郵便(甲第2号証)で行ったが、同様のことが抗告人宅で事件本人をまきこみ発生することを恐れたものである。

3 原審判は、事件本人は相手方を嫌っていないとの認定をしているが、事件本人は相手方の飲酒時の行動について子供心に恐怖心を持っており、現在でも「夜お父ちゃん怖い。」などと抗告人によく言っている状況である。

原審判の調停期日において、相手方より事件本人の夏休みに事件本人を相手方に一時預からして欲しいとの申出があり、抗告人は事件本人の気持ちに悪影響を与えることをおそれ、反対したが、少しでもということで、平成2年8月11日の夜相手方の自宅で事件本人を一泊させることを認め、翌12日午後8時頃には必ず事件本人を抗告人方に送り届ける旨を調停委員、双方代理人の前で確約した。ところが、相手方は8月12日の夜8時までに事件本人を抗告人方に送り届けるという約束を無視し、その結果相手方に対して恐怖心を持った事件本人が、単独で相手方自宅を抜け出し、タクシーを拾い不信に思った運転手が警察に通報し、午後10時40分○○○警察署に保護された(甲第3号証)。この事情を抗告人が事件本人にから聞いたところによると、事件本人が午後8時になって相手方に対し、抗告人のもとへ連れて帰って欲しいと頼んでも、相手方は「抗告人の母と抗告人の兄芳夫が死んだら家に連れて帰ったる。」「○○がそろそろワーワー騒ぐころや」と言って、相手方が変なことを口走り連れて帰ってもらえなかったので不安になり、相手方が飲酒し寝るのを待って家を抜け出しタクシーを拾ったとのことであった。

同日深夜1時40分頃、相手方から抗告人に電話があり「お前には負けた。」と伝えられた。

翌13日の調停期日において、抗告人は、「事件本人の気持ちが完全に相手方から離れてしまっている、それでも相手方が親権者を希望するのであればこれ以上調停期日を重ねても無駄である、審判に移行して欲しい」との申し入れを行ったが、相手方は「もう1度だけ調停期日を入れて欲しい」ということで、9月27日次回調停期日が指定された。

相手方は次回調停期日までの間に抗告人に電話で「これは自分の代理人には内密にしてほしいが、8月13日の調停で、自分は事件本人を抗告人に渡すと言ったが、自分の代理人から昨日の今日なので1度落ち着いて考え直しなさい、と言われ聞いて貰えなかった。ついては抗告人の代理人と直接に話をしたいので連絡をとってくれ。」といってきた。

ところが、相手方は平成2年9月27日の調停期日においては、やはり事件本人の親権者を希望すると態度を変えた。そして同日調停が不調となったことに伴い、審判に移行することとなった。

小学校1年生の事件本人が実父方から夜10時を過ぎて父に黙って家を抜け出し、警察に保護されたことは、事件本人の相手方に対する感情を端的に示す重大な事実であり、抗告人はこの点について証拠に基づき立証する予定であり、円満な調停を希望するため差し控えていたが、相手方の性格や、酒乱の状態にある事実についても、次回以降の審判期日において具体的事実を基にさらに申述する旨を調停委員、調査官に告げ、次回審判期日は追って指定とされた。

ところが、原裁判所からは何らの連絡もなく突然原審判がなされたものである。

したがって、原審判は、右事件にみられるような事件本人の相手方に対する感情を全く考慮していない点で内容的にも不備であるし、右のように手続的にも不当(結局審判期日は1度も開かれていない。)なものである。

4 原審判は、平成2年4月28日相手方が事件本人を下校途中連れ去り、3日間遊園地等で遊んだことを、相手方の事件本人に対する愛情を示すものとして相手方の有利な事情として考慮しているようであるが、相手方が事件本人を相手方に無断で連れ出したこと自体約束違反の行為である。抗告人は、原審判の申立てと同時に、「相手方は申立人と同居中の事件本人を申立人より連れ去ってはならない」との審判前の仮の処分の申立てを行った(平成2年ロ保第8号)が、相手方が相手方代理人と家庭裁判所調査官の面前で、一切実力で子供を連れ去ることはしないとの確約を行った為、裁判所の勧告で、上記申立てを取り下げたものである。相手方は、前記のとおり8月12日にも同様の約束違反の行為を犯しており、裁判所に於ける約束に対する2度に渡る相手方の背信行為は強く非難されるべきである。

5 原審判は事件本人が上記3日間で相手方や相手方の子供と一緒に楽しく遊んでいた旨認定して相手方に有利な事実としているようであるが、相手方が事件本人の親権者として適格性を欠く理由は、相手方の酒乱癖にある。原審判は、相手方の昼間の正常な状態のみ取り上げ、離婚原因たる相手方の酒乱癖についての抗告人の申述を全く考慮していない。抗告人は、相手方の酒乱癖による家庭崩壊、事件本人への悪影響を思い、離婚を決意し、事件本人を連れて実家に帰らねばならない事態となったものである。原審判が取り上げている相手方の平成2年1月9日から2月24日までの入院も過飲による肝臓肥大のためである。原審判は抗告人が当初から強く主張している相手方の夜間における酒乱癖について何ら検討していない。

6 原審判は、相手方の母や君子が事件本人を可愛がり(君子は事件本人の置いていったペットの犬や鳥の世話を事件本人に代わってしているというが、右ペットは事件本人のものではなくもともと君子のものである。)、相手方の母は事件本人の面倒をみると言っていると認定するが、相手方の母は離婚話がはじまった時点から自ら事件本人の世話をするつもりはない、と言明しており、そのことは相手方も十分承知しているはずである。又前記のように相手方の母は相手方よりもその弟を可愛がり、会社での地位も弟が上であり、その為相手方と相手方の母とは非常に仲が悪く、相手方の母が事件本人を世話することは考えられない(なお、原審判は、抗告人が相手方の弟は親から家を買って貰ったのに、相手方には買って貰えないことを不平を言った、と認定しているが、親から家を買って貰えないことに不平を言っていたのは寧ろ相手方自身である。)。

7 相手方は、酒に酔って亡父と争い、亡父が相手方を押さえるため持ち出した木刀が相手方の母に当り前歯を折るケガを負わせたことがあり、そのほかにも相手方が実家で暴れてクーラーや電話の線を引きちぎったりガラス戸を全部倒したりしたため、母が警察を呼んでパトカーが来るというまでの関係である。相手方の母が事件本人の面倒を見ると言っているとすれば、自分が面倒をみることを拒否する発言をすれば、相手方が更に飲酒による乱暴を重ねることに恐怖心を抱いているからにほかならない。従って、幼年者の親権者としては母親が相応しいことは先に述べたとおりであるが、仮に相手方が事件本人の親権者となった場合、母に代わって事件本人の世話をする人物(監護補助者)が存在しない。相手方の母は前記事情に加えて、会社の実質的経営者として現役で働いている者であり(抗告人が同居するまでは家事手伝人を雇っていた。)又若干足が不自由で買物に出かけることも困難であり、腕白盛りの男児の世話は負担であろうし、相手方自身抗告人に最近話したところでは、相手方と相手方の母とはますますうまくゆかず、別居して相手方は一人暮らしであるとのことである。

8 抗告人は、今年9月から自宅から自転車で約10分の距離にある工業用酸素を製造する会社で事務員として働き、基本給121,100円と諸手当を受けている。勤務時間は午前9時から午後5時15分であり、午前8時に事件本人を抗告人の自宅から学校に送り出しその後出社している。事件本人は学校から帰ってくると(事件本人は小学校1年生)同居する抗告人の母が面倒を見、5時半には帰宅する抗告人と夕食を共にし、平穏な生活を送っており、抗告人が親権者となっても何の不安もない。

原審判は、相手方の事件本人に対する養育環境の点においても事実を誤認しているというほかない。

事件本人は、1年以上も抗告人の下で養育されており、監護者や生活環境を変えることは、ただでさえ紛争の家中にあって不安定な状態にある事件本人に過度の精神的負担と動揺を与えることになり、従前の監護状況の継続が望ましい。

よって、事件本人の親権者としては抗告人が相応しいことは明らかであり、原審判は直ちに取り消されるべきものである。

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